愛は天と地の架け橋Ⅰ
愛は天と地の架け橋Ⅰ
知花敏彦師は南米から日本に戻られてから朝夕の講話や講演会の回数は現時点迄に,
約7000回を越えると思われます。
その中から昭和63年8月3日の講話の途中から、
イエス・キリストが知花師にオーバーシャドウして、
現代の私達に語りかけるメッセージがあります。
その全文をお届けします。
今ここにイエス様が居られます。
私は常にイエス様と共におります。
イエス様は今現実に肉体を持って、肉体と云うよりは眼には見えない霊体を持って現れておられます。
そして、皆さん方も常にそういう方々との意識の状態迄になりますと、
見聞き出来まして、ご指導を受けることが出来ます。
あなた方に何故それが出来ないのだろうか。
それはあなた方の心の意識の問題であります。
あなた方が、この知花のように「愛」であれば、
た方も可能であると云う事です
。
あなた方がそれが羨ましいのなら、知花のような愛に成りなさい。
「愛」でもってしか、それが可能では無いからです。
(イエスの霊体が知花師にオーバーシャドウして、イエスからのメッセージが始まる。)
あなた方がまだまだこの世に現れている隣人を毛嫌いしたり、好き嫌いがあったり、
差別があったりしているなら、到底私の元へ来ることが出来ません。
何故ならば、全てが私(イエス・キリスト)であるからです。
全ては神であり、わたしのものであり、
わたしが全てのものを愛している事をあなた方は知らないのかと、私は言いたいのです。
あなた方が、今迄毛嫌いして来た、罵って来たものは、皆んな私なんです。
私を嫌ったのです。
私を嫌いながら、私から何を得ようとするのですか。皆さん方は…。
あなたの隣人は全て私なんです。
神なんです。
私が創って、私がそこに生きて働いているからです。
その私を愛しないのに、口先だけで「おお、主よ、あなたを賛美します。
あなたを愛します。
というようなことは止めて下さい。
私達は、この全てが一つの生命に基づいて、一つのみ霊に基づいて、その一人一人が、一つの表現媒体に過ぎないのです。
その中に私がおるのです。
分りますでしょうか。
だから、あなた方は全一体感、即ち、一柱の神が多に顕現して止まっていることを認識してもらいたい。
一人一人に私がおります。
私は皆んなに、「隣人を愛せよ」と言うのです。
あなた方が子供を憎んだり、旦那さんを憎んでいる時、
あなたは五感の感覚で、表現でものを見て捕らえていますけれど、その時は、私を憎んでいるのです。
私に嫉妬をしているのです。
そのような状態を皆さん方は、罪を無知なるが故に、
その真実なる真理を知らなかったが故に、段々罪を犯して来たのです。
しかし、汝の罪は、その真実なるものを知る事によって、全て私が背負うでありましょう。
それが代理購罪(だいりしょくざい)であります。
あなたは私を知るのみしか、その罪からの解放は無いと思います。
真理は汝を自由ならしめん。
私の愛の中に生きる事によって、皆さんの罪は全て消し去られます。
何故ならば、罪そのものが実在では無いからです。
あなた方が罪を信じて、罪の中に立ったら生きているというような錯覚を起こしているだけです。
今、現に皆さんは、現実に私の中にいるわけです。おるわけです。
唯あなた方が波調を会わせないだけです。
波調を会わせれば、即、私はそこにおるのに、あなたの手よりも、
足よりも身近におるのに、その私の愛を皆さん方がまだ感じていないだけなのです。
皆さん方も、私という愛に包まれていながら、あなたが唯その眼に見える無知なるが故に、
いろいろの形のある物の分離感を感じ、罵り、けなし、鐵き、その不調和の心を引き起こすことによって、
私から遠去かり、そして、不安と恐怖に充ちて生きて来たのではないでしょうか。
あなた方は、
一切が我が兄弟、姉妹であり、一つの本源に基づいて、
そして、一つの本源が多に顕現され、表現されているものである。
一人一人が全て神の存在であり、愛の存在であるのかという事を知って、
初めて皆さん方は、私の元に留まることが出来ます。
私の愛を感じる事が出来、そして、初めてあなた方のハートは、私の愛そのものと成ります。
私の愛そのもの。
あなたの愛・ハートは、もう愛以外何も無い。
あなたのハートどころか、あなたの細胞一粒一粒が、
全身が私の愛に充たされるのでありましょう。
その時あなたは、何を見ても愛着を感じます。
何を見ても愛そのものになったからです。
(涙声でイエスは語る)
これが神の愛だったんだと。
皆さん方は、何故そのようなことをまだまだ拒むのでしょうか。
あなた方が、なおかつ私を意識して、わたしとの懸け橋が出来るように努めなくてはなりません。
それは、愛を実行する以外は無いのです。
一切のこの世の不調和から、あなた方は解放されることです。
勝手に人を憎んではなりません。
人は私です。
人は私の中におり、私は人の中におるからです。
あなた方が、今、無知なるが故に、お亙いの隣人をけなし合っている事は、私は良く知っております。
その中に幸せはありません。
私を知らない者が、あなた方に如何なる行為を、如何なる言葉を、
如何なる態度を示そうが、その人を許して愛してあげて下さい。
その子も私の子だからです。
私なのです…。(イエスは泣きながら語る)
あなた方は、私を知った時それが解ります。
どうか皆さん方が、私という愛の絆が出来て、天と地の絆を、
心の底から愛だ、愛の他に何も無いのだ。
私達は愛にて生れ、
愛にて生きて、その愛が久遠であり、常在であり、真実なるものであり、
幸せそのものであり、天そのものである、と言うことを知ったならば、
愛ある者のみに、私はおります。
愛がなければ、あなたのハートに愛がなければ、私はあなたに通じて語ることも出来ません。
何故ならば、あなたが私という愛を拒んだからです。
あなたが私を愛していると言うならば、あなたが愛そのものでない限り、
私はあなたの内におることが出来ないという事です。
あなた方は何を不安がりましょうか。
何故そんなに隣人を愛するのが嫌なのでしょうか。
私を愛することが嫌なのでしょうか。
私は全ての中におるものであることを知りなさい。
一切は私の中におり、私は一切の中に留まる愛なのです。
一切は私の愛にて創られたものです。
一切は私の愛にて生きているのです。
そして、一切は私の愛を現わさんが為に創られたものです。
あなた方一人一人この世に存在している目的は、その魂と肉体の目的は、愛の表現の為なんです。
それ以外の何ものでも無いのです。
あなた方は、何の表現の為に魂と肉体が造られたのでしょうか。
愛の表現のみなのです。
愛があれば、私がそのままその魂と肉体を支配し、そこで私の働く場を作りなさい。
私の働く場を皆さん方は奪いました。
あなたの無知が、私の働きをただ拒んでいるだけなのです。
.だから、この地との懸け橋が出来るように、愛が天であり、地は表現である事を忘れないで下さい。
天と地の懸け橋は愛しか無いのです。
天がこの地を支配しているからです。
私の愛をこの地であるがままに表現させて下さい。
そうしない限り、この地上界はどうなるか。
皆さん方はもうお解りだと患います。
私の具現の場、働く場が今消えゆき去ろうとしています。
その為にも皆さん方の波動でもって、私の働く場、創造の場を失なわさせないように、
あなたがた偉大な魂の兄弟である者が協力して、
その愛の12表現媒体と成って戴きたいと思います。
自分ごとで、今泣さ言を言っている場合ではありません。
唯あなたに欠けているのは、私の愛の表現だけなのです。
何が想い、これが想い、あれが何だ、というものは一切不必要です。
唯あなた方に必要であるのは愛だけです回愛があれぱ自ずから、
私はあなたをガイドし、あなたの人生は素晴らしきものと成るでありましょう。
私の愛を、食わず嫌いする事なく、食して下さい。
私の愛を受け入れて下さい。
表現して下さい。
そして、初めて皆さん方は、この世の一切の書悩から解放されるのです。
一切の無知から開放されます。
愛そのものが知恵であり、カであるからです。
多くを愛を現す者は、知恵と力と愛に充たされるでしょう。
そして、人生を有意義に行動し、多くの人々に利益をもたらすものでありましよう。
そして、この地上界の修行を終って、私の元に帰った時、
私と共に晩餐し、そして語り合う日を私は望んでおります。
こうして、一人一人の魂を見つめて、私がその皆さんの魂の中にいる愛であることを知りなさい。
私の愛は、あなた方の魂におります。
表現したくて、いつもノックして、長い年月ノックしているものなんだけど、それを受け入れない…。
聞いてくれない。
ただ苦悩の人生、苦しみの闇なる道を手探りで行きつつあるあなた方。
私の光なる愛を知りなさい。
私の愛を顕した時、あなた方は闇から解放され、もう蹉くことは無いだろう。
私の光を上に灯しなさい。
何故あなた方は覆い被されるのか。
私の愛は、今あなた方の我と無知によって、あなたの奥底に閉じ込められています。
その愛を外に現しなさい。
上に掲げなさい。
そうした時、私はあなたに影なるものが、全て無くなる事を知っています。
その愛は、あなたの魂の中で表現したくて、したくて、
常にノックをしているけれども、その愛に気付くものはおらず。
私の声を聞く者もおらず。
今迄閉じこめられてきた。
それをこうしてこの知花がようやく聞き入れてくれた。
そして私の火を灯すことが出来た。
愛を灯すことが出来た。
そうして、私達はようやくこの者を通して語る事が出来る。
その機会をあなた方に良く示して、あなた方の魂の内にいる私を、どうか解放し、全開して、私に委ねなさい。
私を受け入れなさい。
私を受け入れるという事が、あなたが私の御心である愛を、
この肉と魂を通して顕すということです。
どうか皆さん方は、今-人の泣きごとを言っている時期では無いのです。
もう世は終ります。
そかし、永遠状態の世が終るのではなくて、具現の世が終るのかも知れない。
しかし、終わらせてはならない。
皆さん方はそのことを充々知っているはずです。
その為に生れて来たはずです。
それを使命を果たさず、世の無知に敗北して、そのまま世を去るのか、勝利者と成るのか。
今生本当に皆さん方、自分というものの本質を顕現し、
神我(キリスト)を顕現し、世に光るもの、
世に光をもたらすものとして、皆さん方の働きを望むものなんです。